前回の『立川市史』は市政施行25周年を記念して刊行 されました。刊行から半世紀が過ぎ、まち並みや市民生 活は大きな変化を遂げました。この間のまちの変貌を記 録に留めると共に、ここで再び先人の辿った道筋をあき らかにすることは、今後のまちづくりの重要な手がかり になると確信しています。
新しい立川市史は、原始から現代までの立川の歴史と 暮らし、文化を記録するために、本編のほか資料編と別
編を刊行します。この市史編さん事業では、市史を刊行 することだけでなく、収集した記録や資料をどのように 未来に残し、継続的に活用可能なものにしていくかを考 えることも重要になってきます。
今後、市史編集委員や調査員などが調査のために皆様 のもとにお伺いすることとなりますが、わがまち立川の 歴史を未来に繋げるため、市民の皆さんのご理解とご協 力をお願い申し上げます。
・編さん委員会委員長あいさつ………2 ・新しい市史編さん事業が始まります……2 ・新しい市史の編さんによせて………3 ・編さん体制………4
・平成27年度事業報告 ………5 ・部会短信………6 ・市史のつくりかた………8 ・調査にご協力ください………11
・お知らせ………11 ・編集後記………11 ・立川市史編さん関連講演会のお知らせ…12
目
次
市
史
編
さ
ん
、
は
じ
め
ま
し
た
。
昭和40年頃の立川北口駅前の様子(解説は10頁)
立川市史編さん事業の開始にあたって
立川市長 清水 庄平
1
編さん委員会委員長あいさつ
立川市史編さん委員長
白井 哲哉
いまの立川市が発足したのは昭和38(1963)年5月でした。このとき翌39(1964)年から43 (1968)年にかけて市史の編さん事業がおこなわれ、『立川市史』上下2冊を刊行しました。ま た旧立川市と合併した旧砂川町では、昭和38年に『砂川の歴史』という本を刊行しています。 それから50年以上が経ちました。50年前の市域に広がっていた基地の代わりに、いまは公 園や商業地が広がって、立川市は東京都多摩地域の中核都市となりました。ずっと昔から市域に住んできた 方々に加え、新しい市民の方々がたくさん住むようになりました。
この50年あまりの間に、立川市域の過去について多くの新しい発見があり、いままでの歴史の理解を見直し たり、もっと豊かに語り直したりする必要が生まれました。
一方で、これまで当たり前のように見ていた町並みや家々の姿が徐々に変わり、人々の生活も変わってきま した。町並みや生活の変化は、それまで伝えられてきた土地の記憶を人々から少しずつ消していきます。すで に失われて、いまでは誰も知らなくなった記憶もあるでしょう。
これから新しい市史編さんが始まります。その仕事に携わる私たちは、市域の土地や住民の方々に伝えられ た記憶へ光を当て、失われた記憶や新しい知見を掘り起こし、それらから市域の個性や特徴を再発見して、将 来へつなげる責務を負うものと考えます。
市域の歴史とは、たとえて言えば立川市の DNA です。新しい市史編さんは、その DNA を解読し、今後の 市民の方々がより良い生活を営むためのヒントを見つける仕事だと考えてください。多くの市民の方々の御理 解と御協力をお願いします。
新しい市史編さん事業が始まります
半世紀の月日の中で、立川は大きく姿を変え、いまや多摩地域の中核都市として広く知られる存在となりました。 しかしそれは新出のものではなく、連綿と受け継がれてきた歴史の中で築きあげられた姿です。これからの発展を 見据え、躍進していくためには、立川の礎たる先人たちの歩みを今一度我々の手で確かめなくてはいけません。
近年近隣の市町村でも再度市史編さんを行おうという機運があり、多摩地区では現在、立川市以外に7つの 市で市史編さんが行われています。八王子市は9年、府中市は10年、狛江市は10年の計画で、調査・刊行が行 われています。この計画年数の長さは、記述するだけが市史編さんなのではなく、資料の調査や精査など市史 を書くまでの準備の大切さとそれらを市史刊行後にどう扱うべきかという継続の必要性を意味しています。立 川市でも、10年の事業計画で取り組んでいきます。
新しい市史編さん事業は、次の4つの目的を持っています。
⑴ 立川市への理解と愛着を深め、もって市民文化の向上に寄与すること。
⑵ 立川市の歴史的変遷、及び古くから営まれてきた生活や民俗を明らかにし、将来のまちづくりや市民生 活に役立てること。
⑶ 立川市の歴史的、文化的遺産を調査し、市民共有の財産として後世に継承すること。 ⑷ 歴史的公文書等の保存・活用に向けた基盤整備を行うこと。
新しい市史の編さんによせて
今回の立川市史では、立川市文化財保護審議会委員を長年つとめられ、市の歴史や文化にも造詣が深い豊泉喜一 さん、鈴木功さんに市史編さん委員として参加していただいています。事業の開始にあたり、お二人から新しい立 川市史へ寄せる思いをうかがいました。
飛行場と立川市の変遷
(豊泉 喜一 編さん委員)
多摩地域には現在30の市町村が存在しておりますが、立川市ほど大きな変化を遂げた地域 は他に類を見ないのではないでしょうか。その最も大きな要因は飛行場の存在で、大正11 (1922)年まちの中央部に陸軍の飛行場が開設され、そこでわが国初の民間定期航空が就航 し、外国からも数多くの飛行機が飛来し国際空港としての役割を担い、「立川小唄」にうた われるように「空の都」といわれた時代もありました。
戦争の激化とともに「軍都」ともいわれ、終戦後は米軍基地として長く使用されました。そしてこれまで飛 行場が存在することにより、まちの発展が阻害されたり、数々の戦禍を受ける等不利益を被ったりすることも ありました。しかし返還後は、跡地利用に伴い国営昭和記念公園の開設、裁判所や市役所、各種商業施設がで き、それが今日のまちの発展の原動力になっています。もしこの飛行場が無かったら立川市は住宅中心の平凡 なまちであったでしょう。
今日に至るまでさまざまな道を歩んできた立川市の変遷を、新しく発足した市史編さんのなかに記録できれ ばと思っています。
♪ わたしゃ飛行機風まかせ お前のでやうで宙返り オヤクルリトセー ションガイナー
「立川小唄」から
年中行事の減少と簡素化のなかで
(鈴木 功 編さん委員)
立川民俗の会が中心になって、約4年にわたり調査してまとめた立川市文化財調査報告書 『立川の年中行事』は、昭和57(1982)年に発行され、旧立川・柴崎地域で103件、砂川地域
で91件の行事が報告されています。
当時、私が取材させていただいた方々の多くは明治や大正生まれで、行事を体験された方 ばかりでした。それから約35年が経過した現在、行事はいろんな理由で消滅したり、大きく
簡素化されたりしてしまいました。また、年中行事に欠かせない行事食についても、作り手がいないことや食 生活の変化のなかで味わう機会も大変少なくなりました。
そんな中、正月飾りや初午の五色の旗を吊るした家、お盆の迎え火、送り火、七夕飾りなどを目にするとほ ほえましく感じます。
年中行事で、とりわけ柴崎地域で最大のお祭りは諏訪神社の例大祭です。奉納される獅子舞は立川市の無形 民俗文化財として大切に守られてきています。しかし近年獅子舞や棒使いの担い手不足や、運営する方々の高 齢化などの問題もでてきております。
編さん体制
平成27年度事業報告
市史編さん事業は、つぎのような組織、体制ですすめます。 市史編さん事業は準備期間をへて、平成27年7月末より本格的に活動をスタートしました。
市 長 諮問・答申 市長の諮問機関として、市史編さんの
立川市史編さん委員会
基本的な事項について審議します。編さん基本方針
事務局
産業文化スポーツ部地域文化課
立川市史編集委員
市長から委嘱され、資料収集・調査、市史の 編集・執筆などを行います。6つの専門部会 を構成します。
立川市史編さん委員会委員(敬称略・委員は50音順)
立川市史編集委員(敬称略)
▲現在の立川駅北口同地点 ▼(印は撮影位置)
職 名 氏 名 所 属 等
委 員 長 白井 哲哉 筑波大学図書館情報メディア系教授 副委員長 楢崎 茂彌 多摩戦時下資料研究会
委 員 大友 一雄 国文学研究資料館教授 委 員 杉山 章子 公募による市民
委 員 鈴木 功 前立川市文化財保護審議会会長 委 員 豊泉 喜一 立川市文化財保護審議会会長 委 員 保坂 一房 たましん地域文化財団歴史資料室長 委 員 星 由紀 公募による市民
委 員 和田 哲 多摩考古学研究会世話人 立川市文化財保護審議会委員
部会名 部会長 所 属
先 史 谷口 康浩 國學院大學文学部教授
古代・中世 鎌倉 佐保 首都大学東京都市教養学部 人文・社会系准教授
近 世 冨善 一敏 東京大学大学院経済学研究科特任専門職員 近 代 保坂 一房 たましん地域文化財団歴史資料室長 現 代 沖川 伸夫 中央大学法学部兼任講師
民俗・地誌 中野 泰 筑波大学人文社会系准教授
月 日 活動内容 月 日 活動内容
7月 31 日 第1回・編集委員会議
12 月 6日 第2回・近代部会会議 8月 1日 専門嘱託員辞令伝達 19 日 第2回・近世部会会議
9月
2日 第1回・立川市史編さん委員会
1月 11 日 第2回・民俗・地誌部会 市史編さん基本方針の諮問 27 日 第3回・立川市史編さん委員会 19 日 第2回・立川市史編集委員会議 2月 17 日 市史編さん基本方針(案)の答申 27 日 第1回・民俗・地誌部会会議
3月
1日 市史編さん基本方針の策定
10 月
3日 第1回・現代部会会議 3日 第3回・現代部会会議 17 日 第1回・近世部会会議 18 日 たちかわ物語・vol.1 の発行 28 日 第2回・立川市史編さん委員会 21 日 第3回・立川市史編集委員会議
11 月
3日 第1回・近代部会会議 26 日 第3回・近世部会会議 21 日 第1回・古代・中世部会会議 第3回・民俗・地誌部会会議 27 日 第2回・現代部会会議 27 日 市史編さん関連講演会の開催
赤い制服の交通指導員
右の写真は立川市歴史民俗資料館が所蔵している昭 和46(1971)年の立川駅北口の写真です。市制50周年 につくられた『写真集たちかわ』(『写真集たちかわ』 編集委員会編、平成2(1990)年)の152頁にも戦後 の髪型や服装を紹介する写真として登場しています。
昭和40(1965)年ごろから日本は空前のミニスカー トブーム。昭和45(1970)年開催された大阪万博の女
性スタッフの制服にもミニスカートが採用されていました。写真をみると 横断歩道をわたる女性たちが流行のファッションなのがわかります。その 横で交通指導をしている女性のスカートも短めです。
このブームと同時期、交通事故が交通戦争とよばれるほど多く、その対 策が叫ばれていました。写真の制服の女性たちは交通指導員とよばれ、立 川市内では昭和45年ごろから活動が始まりました。記憶にある方もいるか もしれません。右上写真のような赤い制服を着た彼女たちは、市内の東橋 や曙橋といった要所に立ったり、学校に行って紙芝居などをつかった交通 安全教室をしたりと活躍していました。昭和48(1973)年からは市の職員 として活動し、交通指導員の方たちは昭和56(1981)年に活動を終了する まで立川の交通安全を担っていました。(渡瀬)
▲上写真:「立川駅北口」昭和46年3月27日撮影 歴史民俗資料館所蔵(『写真集たちかわ』記載)
▼右写真:交通指導員写真(個人蔵)
立川駅
立川
お
っ
こぼれ話
編さん委員へ市長から委嘱状の伝達
第2回編さん委員会
これから10年間にわたって「市史」の調査・編 集・執筆を担う、6つの専門部会を紹介します。
部会短信
先史部会
部会長は、國學院大學文学部の谷口康浩教授にお願いしました。現在は、部会のメン バーとなる編集委員の選定をすすめており、平成28(2016)年4月から本格的に活動を 開始する予定です。先史部会では、立川の自然的な成り立ちとなる環境史から、旧石器時 代・縄文時代・弥生時代を中心に扱います。時代区分でみると、全部会中で最も古い時代 を担当します。現在、立川市内には20ヶ所の遺跡が確認されており、過去から数多くの発 掘調査が行われてきました。なかでも 向むかい郷ごう遺跡と大和田遺跡は、縄文時代の集落跡とし て知られる重要な遺跡です。市史編さんでは、これまでの発掘調査の成果をもとに、縄文 時代の生活のようすが明らかとなることが期待されます。(事務局)
古代・中世部会
古代・中世部会では、奈良・平安時代から戦国時代までの文献 史料、考古資料を扱います。立川市域は、古代律令制下では多摩 郡に属し、中世では多摩川を境として多摩郡東側をさす多た東とう郡ぐんに 属しました。鎌倉∼室町時代、多東郡立河郷を本拠とし名字の地 としたのが、国こく衙が在ざいちょう庁官かん人じんとして多摩郡一帯に勢力をもった西 党日ひまつり奉氏の一族立河氏です。古代・中世部会ではこの立河氏が 残した古文書や、立河氏に関係する史料を中心に調査・収集して
いく予定です。また立河氏の菩提寺である柴崎町の普ふ済さい寺じには、国宝の六ろく面めん石せき幢とうがありますが、同じ 緑りょく泥でい片へん 岩
がん
という石材で造られた中世の供養塔(板いた碑び)も市内には数多く残されています。部会では、古文書調査と並 行して板碑の悉皆調査も進めていく予定です。(鎌倉佐保 部会長)
近世部会
近世部会は、徳川家康が関東に入部した天正18(1590)年から、 明治維新期までを扱います。江戸時代の立川市域は、江戸時代初 期武蔵野台地に開発された玉川上水沿いの新田村である砂川村・ 砂川新田・砂川前新田・殿とのヶが谷や新田・宮沢新田・中里新田・芋久 保新田・八軒新田・ 榎えのき戸ど弁天新田と、多摩川に面した戦国期以 来の村である柴崎村・柴崎新田という、対照的な2つのまとまり からなります。近世部会では、年4回程度部会を開き活動する予
定です。まず市域全体での古文書の所在調査を行い、その成果を資料編・通史編や関連刊行物(文書目録な ど)に活かしたいと考えています。皆様のお宅でお持ちの古文書や資料類などの情報をぜひお寄せ下さい。市 域の歴史文化遺産として未来の市民に伝えます。どうぞよろしくお願いいたします。(冨善一敏 部会長)
近代部会
近代部会は、明治維新から太平洋戦争終結までの約80年間を担当 します。幕末期より盛んとなった養蚕・織物は、砂川村を中心に 発展していきました。一方、立川村では甲武鉄道(現・JR 中央線) や青梅鉄道(現・JR 青梅線)が開通して、府立第二中学校(現・ 都立立川高校)が開校すると、駅前地区が形成され始めました。大 正11(1922)年に立川飛行場が開設されると周辺に軍事施設や工場 が進出し、人口の急増と市街地化が進みます。こうして本市域は、 多摩地域の要衝になっていきました。近代部会では、立川市歴史民
俗資料館が所蔵している砂川村役場文書・立川村役場文書と、市役所の永年保存行政文書を中心とする調査に 着手しました。今後は歴史民俗資料館所蔵の私家文書や、内外の諸機関が所蔵している立川市に関連する資料 も順次確認していきます。(保坂一房 部会長)
現代部会
昨年は、「戦後70年」と言われましたが、現代部会では、昭和20 (1945)年の敗戦から21世紀の最近の出来事までを扱います。軍都と しての形成をきっかけにして、立川は大きく様変わりしました。敗戦 後、米軍基地として継続使用されましたが、昭和52(1977)年に返還 され、跡地利用が進み、立川市は現在、「多摩地域の中核都市」と位 置づけられています。こうして、短期間のうちに、急激に発展を遂げ た立川市。その構造的な要因を、さまざまな視角から解き明かすこ とが、現代部会の課題として求められています。そこで、昨年10月か
ら、部会員による会合を2回もち、今後の進め方を協議しました。まずは、立川に関する新聞記事のデータ化 を進める一方で、公文書の調査を本格的に始める予定です。また、調査の網を広げ、外部機関での資料収集や 関係者からの聞き取りも進めていきたいと考えています。(沖川伸夫 部会長)
民俗・地誌部会
民俗・地誌部会においては、新田開発、軍事拠点としての発展や高 度経済成長により、立川の伝統的な生活文化がいかに変貌したのかを 明らかにすることが求められています。このような課題を考慮し、部 会会議は、2冊の資料編と民俗地誌編を作成し、多摩地域における立 川らしさを浮き彫りにさせることを活動方針としました。主たる調査 地を砂川、柴崎地区等に置き、歴史民俗資料館に集積されている民俗 資料を活用しながら、例えば、五日市街道沿いに発展した新田村落景 観や屋敷地のあり方、農業慣行、人生儀礼、衣食住、獅子舞といった
芸能等を対象とした調査を開始します。地域の方々との関わりあいを深めながら、経験者からの聞き取り、行 事への参与観察等を実施致しますので、ご理解とご協力をお願い申し上げます。(中野泰 部会長)
新聞スクラップ (立川市歴史民俗資料館所蔵) 砂川村役場文書(左)と立川町役場文書(右)
(立川市歴史民俗資料館所蔵)
諏訪神社獅子舞 昭和35年頃 (写真提供/立川市歴史民俗資料館) 立川文書(写真提供/立川市歴史民俗資料館)
向郷遺跡出土縄文土器 (写真提供/立川市歴 史民俗資料館)
市史のつくりかた
∼「古代・中世資料編」∼
1冊の「市史」が刊行されるまでには、たくさんの作業工程があり、多くの時間と労力を要します。
また、時代や分野によっても、作業工程は少しずつ異なります。
ここでは、「古代・中世資料編」を例に、刊行までの長いみちのりを紹介します。
収 集
整 理
調 査
編集・印刷
「古代・中世資料編」は、概ね 奈良・平安時代から戦国時代こ ろまでの資料を掲載します。古 代・中世部会で立てられた資料の 収集計画を基に、資料の収集から スタートします。対象とする資料 は、古文書・古記録などの文字資 料の他、板碑などの石造物や考古 資料まで多岐にわたります。
刊行資料からの収集
近隣の市町村史や史料集など既刊 の資料の中から、関連する資料を あつめます。→図書館など
未刊行資料の収集
史料集などに掲載されていない資 料でも、写真やマイクロフィルム があればあつめます。→文書館・ 資料館・大学など
地域からの収集
地域の社寺、旧家などに眠る未発 見資料を探します。板碑や考古資 料も収集します。→資料館・神 社・寺院・旧家など
収集した資料は、1点ずつカー ド化し、重複の確認や、調査へむ けた分類・整理をします。
資料カードの作成
資料カードには、文書形態・由 緒・伝存状態などの資料情報を詳 細に記録していきます。
目録の作成
資料カードの情報をもとに、資料 の目録を作ります。
「古代・中世資料編」として刊 行するため、収集した資料の選 定・編集を行います。
編集会議
調査成果をもとに掲載する資料の 選定を行い、掲載の方法や内容を 検討して、頁数や原稿の分担を決 定します。
掲載資料の撮影
掲載する資料の写真撮影を行いま す。(収集・調査段階で撮影して しまう場合も多いです。)
原稿の執筆
編集委員は、担当する原稿の執筆 を行います。(まさに正念場!)
完成!
完成した原稿は、編集・校正作業 を経て印刷され、「古代・中世資 料編」として刊行されます。刊行 は平成31(2019)年度を予定して います。乞うご期待!
収集した資料には、漢文やくず し字で書かれているものがありま す。これらの資料は、編集委員や 調査員が判読し、意味や書かれて いる内容を検討します。
原本の調査
活字や写真などで判読できない文 字や虫喰い、墨痕、紙の継ぎ目な どは、原本で細部まで確認しま す。
現地での調査
古地図や地籍図を手に、資料に登 場した地名や地形などを実際に現 地へ行って調べます。また、寺社 の石造物調査や、地域のお年寄り からも聞き取り調査を行います。
研究会を開く
古代・中世部会で研究会を開き、 調査結果の検証をします。重要な 成果は、「調査報告書」や市史編 さん事業関連講演会などでいち早 くお伝えします。
板碑
「いたび」と読みます。中世におもに 関東地方でたくさんつくられた供養塔 のひとつです。青石とよばれる緑泥片 岩を素材としています。当時の信仰の 様子がわかります。
用
語
の
解
立川写真館
∼およそ半世紀振りの市史編さんをむかえて∼
写真提供 立川市歴史民俗資料館
調査にご協力ください
調査にご協力ください
立川市には、古くから多くの人々が暮らしてきました。今でも用水路や水田の形 状、地名や伝承、古文書、石造物などが数多く残る地域です。それらは先祖代々受 け継がれてきた生きた文化財です。しかし昨今、開発や高齢化などによって、地域 に受け継がれてきた文化財(歴史的遺産・情報)が消滅しつつあります。市史編さ ん事業には市史を刊行することと共に、それらを記録に残し後世に伝えていくとい う大きな使命があります。そのためには、多くの市民のみなさまのご協力が必要で す。ご自宅に保管されている江戸時代の古文書はもとより、明治時代から最近まで の当時の暮らしがわかる書類、日記、写真、地図など、身近なものも調査の対象に なります。また、地域に伝わる行事や地名などについて市民のみなさまにお話を伺 う聞き取り調査も、今後行なっていきます。これらの調査を行うにあたって、市史 編さんに関わる編集委員や調査員、市の職員が、みなさまのお宅にお伺いする場合 があります。よろしくご理解の上、ご協力をお願い申し上げます。
市史編さん広報紙「たちかわ物語」は、年2回、秋と春に発行します。次号から は、市史編さんについての情報や裏話?のほか、各専門部会からのホットな調査成 果をいち早くお伝えしてまいります。
次号は平成28(2016)年9月末の発行予定です。これからも「たちかわ物語」を どうぞよろしくお願いします。
日ごとに暖かさが増し、春の訪れを感じるようになりました。立川でも、こぶし の花があちらこちらで咲き始めています。こぶしは立川市の花に選定されていま す。花言葉は「歓迎」です。これから、たくさんの市民のみなさまに歓迎されるよ うな「市史」を作りたいと思っています。また、私たち市史編さん担当にとりまし ても、市民のみなさまから寄せられる貴重な情報は大歓迎です。他の木々に先がけ て白い花を咲かせるこぶしのように、市史編さん事業も梢いっぱいに花を咲かせて いけるよう、がんばってまいります。(朝)
前回の「立川市史」は、およそ半世紀前の 昭和39(1964)年に編さんが開始され、昭和 43(1968)年に上巻が、昭和44(1969)年に 下巻が刊行されました。その間、人びとの暮 らしや、まちのようすは大きく変わりました。 表紙の写真は昭和40年頃の立川駅の北口です。 当時をご存じない方は、現在との大きなちが いに驚かれるかもしれません。このように、 たった一枚の写真が、時代の変化を物語る貴 重な資料となる場合があります。今回の市史 編さん事業では、「写真編」の刊行も予定し ており、人びとの暮らしや、古いまち並みが 写っている写真の収集も積極的に行います。
市史編さん広報紙
vol.1
平成28(2016)年3月18日発行
発行 立川市産業文化スポーツ部地域文化課市史編さん担当 デザイン 山下祐香理
〒190-8666 東京都立川市泉町1156-9
TEL (042)506-0021 / FAX(042)525-1601 E-mail [email protected]
URL http://www.city.tachikawa.lg.jp/chiikibunka/sisi/hensanshitu/shishi_top.html 印刷 ぎょうせいデジタル株式会社
よろしく
おねがいします
お知らせ
お知らせ
編集後記
編集後記
前回の市史編さんが 行われていた頃の駅前は どうなっていたのかな?
現在の立川駅北口
表紙の写真
北口大通り(写真 中央)には、人や 車が行き交い、ま ちに活気があふれ ています。中武デ
パート(写真右)の屋上にある遊戯施設が時 代を感じさせます。通りを挟んだ向かい側に は、当時伊勢丹がありました。
平屋建ての駅舎
(昭和36年)南口からみた駅舎です。北口に比べ、この 時代の南口駅前は、とても狭かったことが わかります。
すずらん通り商店街
(昭和45年)南口駅前を東西に走る商店街です。現在で は商業ビルが立ち並んでいますが、この時 代はまだ高層の建物は少なく、昔ながらの 個人商店が多くみられます。
立川東映
(昭和30年代)すずらん通り商店街の一角にあった映画館 です。後に「東映南座」となりました。立 川には、最盛期には10館もの映画館があ り、「映画の街」と呼ばれていた時代もあ りました。
立川駅
立川南
JR中央線
すずらん通り商店街
立
川
『
市
し
史
し
』
を編むということ
立川市では、平成27年度より、前回の『立川市史』刊行から約半世紀ぶりとなる
市史の編さん事業を開始しました。この講演会では、事業の開始によせて、「市史と
は何か」、「どのように作られるのか」、またそれが市民の皆さんにとってどのような
意義があるのか、最近の多摩地域の市史編さん事業の成果も交えてお話しします。
平成28年
3
月
27
日
(
日
)
14:00 ∼ 16:30
(13:30開場)
会場
たましん事業支援センター
(WIN センター)
(立川市曙町2-8-18)
講 師:
白井 哲哉
氏
(筑波大学教授・立川市史編さん委員会委員長)
「歴史編さんとは何をする仕事か」
松尾 正人
氏
(中央大学教授・八王子市市史編さん審議会会長)
「幕末維新の北多摩と立川」
(仮)
定 員:
70名
(申込順)
受付は2月10日から
下記電話番号もしくはメールアドレスへ
入場無料
お問い合わせ・お申し込み
立川市地域文化課市史編さん担当
TEL : 042-506-0021
伊
勢
丹
多
摩
モ
ノ
レ
ー
ル
立
川
北
駅
高島屋
高島屋
ペデストリアン デッキ
シネマ シティ
シネマ シティ
たましん 本店
たましん 本店
立川ビジネス センタービル
立川ビジネス センタービル
たましん事業支援センター
(東京建物ファーレ立川ビル1F)
JR立川駅
北口
ビック カメラ